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歌川広重「六十余州名所図会」とは? ――日本各地を描いた名所絵のシリーズ
広重が日本各地の名所を描いた「六十余州名所図会」をたどり、 時継舎掲載の《対馬 海岸夕晴》《安房 小湊内浦》へつなぐ入口です。
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江戸時代を代表する浮世絵師、歌川広重。
「東海道五拾三次」や江戸の名所を描いた作品で知られる広重は、日本各地の風景を一つの大きな揃物として描いた作品も残しています。
それが、「六十余州名所図会」です。
国立国会図書館によれば、「六十余州名所図会」は初代歌川広重が嘉永6年(1853)から安政3年(1856)にかけて制作した錦絵です。
北から南まで各地の名所が一枚ずつ登場するこのシリーズをたどると、一枚の風景だけではなく、広重が描いた日本各地の景観を連続して見ることができます。
時継舎では現在、このシリーズから《対馬 海岸夕晴》と《安房 小湊内浦》の2作品を掲載しています。
本稿では、この2作品への入口として、「六十余州名所図会」がどのようなシリーズなのかを見ていきます。
「六十余州名所図会」とは
「六十余州名所図会」は、初代歌川広重による諸国名所のシリーズです。
国立国会図書館は、嘉永6年(1853)から安政3年(1856)にかけて制作された錦絵としています。
描かれているのは、当時の国々を単位とした日本各地の名所です。
国立国会図書館の解説では、五畿内、東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道に属する68ヶ国に、江戸の「浅草市」を加えた69図で構成されています。
さらに梅素亭玄魚による目録を加え、全70図となります。
一方、美術館資料などでは作品部分について「69枚揃」と表記される例があります。
これは69図の作品を指すもので、目録を含めたシリーズ全体を70図とする説明と区別して読むことができます。
「六十余州」とは何を意味するのか
現在の都道府県とは異なり、かつての日本では「国」と呼ばれる行政区分が用いられていました。
国立国会図書館は、「六十余州」の「州」を、日本の律令制に基づいて設置された地方行政区分と説明しています。
そのため作品名には、安房、対馬、山城、大和、越中といった、現在の都道府県名とは異なる地名が現れます。
例えば時継舎で掲載している《安房 小湊内浦》の「安房」は現在の千葉県南部にあたり、《対馬 海岸夕晴》の「対馬」は現在の長崎県対馬市にあたります。
一枚の作品を見るときに、題名に記された旧国名と現在の土地を照らし合わせてみることも、このシリーズを楽しむ方法の一つです。
69の名所と一枚の目録
「六十余州名所図会」の特徴の一つが、日本各地の名所を一つのシリーズとしてまとめていることです。
国立国会図書館のNDLイメージバンクでは、シリーズの作品を一覧で見ることができます。
そこには「山城 あらし山渡月橋」「大和 立田山竜田川」など、各地を題材にした作品が並びます。
国立国会図書館の個別資料では、《大和 立田山竜田川》は広重作、出版者「越平」、嘉永6年として登録されています。
「越平」は版元・越村屋平助を指します。
サントリー美術館の解説では、越村屋平助が嘉永6年(1853)7月から安政3年(1856)5月にかけてシリーズを出版し、同年9月に梅素亭玄魚による目録が作成されたとされています。
数年をかけて出版された作品を一つずつ見ていくことで、シリーズ全体が日本各地をめぐるような構成になっていることが分かります。
縦長の画面で見る各地の風景
「六十余州名所図会」の各作品では、縦長の画面が使われています。
文化遺産オンラインに掲載されている《越中 富山船橋》は、紙・木版多色刷(錦絵)による一枚として登録され、縦36.2cm、横24.5cmとされています。
ただし、これは高岡市立博物館所蔵の《越中 富山船橋》の寸法であり、シリーズのすべての現存個体が同じ寸法であることを意味するものではありません。
山、川、海、橋、町など、土地によって異なる風景が縦長の画面に収められています。
シリーズを続けて見ると、「同じ形式の中で、それぞれの土地をどのように見せているのか」という比較もできます。
時継舎で見る「六十余州名所図会」
時継舎では現在、「六十余州名所図会」に関連する2作品を掲載しています。
ここでは、それぞれの作品ページと解説記事を紹介します。
対馬――《海岸夕晴》
《六十余州名所図会 対馬 海岸夕晴》
対馬の海岸を題材とした一図です。
山口県立萩美術館・浦上記念館の展覧会目録では、《対馬 海岸夕晴》を初代歌川広重、安政3年(1856)、大判錦絵69枚揃のうちの一枚として掲載しています。
安房――《小湊内浦》
《六十余州名所図会 安房 小湊内浦》
安房国の小湊・内浦を題材とした一図です。
時継舎の既存解説記事では、公的機関・美術館資料をもとに、現在の千葉県鴨川市周辺との関係や内浦海岸、画中に描かれたとされる誕生寺について紹介しています。
対馬と安房を見比べる
《対馬 海岸夕晴》と《安房 小湊内浦》は、ともに海を含む風景を描いた「六十余州名所図会」の作品です。
しかし、描かれた場所は大きく離れています。
対馬は九州と朝鮮半島の間に位置する島であり、安房は房総半島南部に位置します。
同じシリーズの中で二つの作品を並べて見ると、「海を描いた作品」という共通点だけではなく、画面の構成や陸地と海の見せ方など、それぞれの違いにも目を向けることができます。
このように、一枚から別の一枚へ移りながら見ることが、「六十余州名所図会」というシリーズを楽しむ一つの方法です。
シリーズの情報と、時継舎掲載個体について
ここで区別しておきたいのが、「六十余州名所図会」という作品・シリーズについて確認できる情報と、時継舎に掲載している個々の一枚についての情報です。
公的機関や美術館の資料からは、シリーズの制作・出版時期や、それぞれの所蔵作品についての年代などを確認できます。
しかし、それらの情報だけを根拠として、時継舎掲載の002・003個体そのものについて、真作、初摺、江戸期オリジナル、後摺、復刻版、特定年に摺られた個体などを判断することはできません。
版画では、紙、摺り、色彩、版の状態、保存状態など、実物を確認して検討すべき要素があります。
そのため時継舎では、十分な確認ができていない段階で、掲載個体についてこうした事項を断定する表記は行いません。
シリーズについて確認できる歴史情報と、掲載個体について確認できる情報を分けて紹介していきます。
一枚から、シリーズ全体へ
一枚の浮世絵を見ることから始めて、その作品がどのシリーズに含まれているのかを知る。
さらに同じシリーズの別の作品を見る。
そうすると、一枚だけを見ていたときには分からなかったつながりが見えてきます。
《対馬 海岸夕晴》と《安房 小湊内浦》も、離れた土地を描きながら、「六十余州名所図会」という一つのシリーズの中で結びついています。
時継舎では今後も、掲載作品について調査を進めながら、作品そのものだけでなく、その背景にある土地、シリーズ、時代とのつながりを紹介していきます。